大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)2427号 判決 1990年6月29日
第二四二七号事件(以下「第一事件」という。)
原告 田根敏雄
<ほか四名>
第一〇〇五九号事件(以下、「第二事件」という。)
原告 柳谷巌
右原告ら訴訟代理人弁護士 宮川種一郎
同 奥西正雄
第一事件、第二事件
被告 株式会社 プラザ産業
右代表者代表取締役 三宅博
右訴訟代理人弁護士 北尻得五郎
同 松本晶行
同 吉川実
同 桂充弘
主文
一 第一事件原告らと被告との間において、別紙物件図面において赤線で囲む部分の土地が同原告らの共有に属することを確認する。
二 第一事件原告らのその余の請求を棄却する。
三 第二事件原告の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを二分し、その一を第一事件原告らおよび第二事件原告の、その余を被告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
(第一事件)
一 第一事件原告ら
1 主文第一項同旨。
2 (主位的請求)
被告は第一事件原告らに対して、別紙物件目録三記載の土地について表示登記の抹消登記手続をせよ。
(予備的請求1)
被告は第一事件原告らに対して、別紙物件目録三記載の土地について別紙持分割合にて所有権移転登記手続をせよ。
(予備的請求2)
被告は第一事件原告らに対して、別紙物件目録三記載の土地について大阪法務局枚方出張所昭和六〇年五月二二日受付第四四六九号をもってした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
1 第一事件原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は第一事件原告らの負担とする。
(第二事件)
一 第二事件原告
1 (主位的請求)
被告は第二事件原告に対して、別紙物件目録三記載の土地について表示登記の抹消登記手続をせよ。
(予備的請求1)
被告は第二事件原告に対して、別紙物件目録三記載の土地について六三四六分の三九六の共有持分権移転登記手続をせよ。
(予備的請求2)
被告は第二事件原告に対して、別紙物件目録三記載の土地について大阪法務局枚方出張所昭和六〇年五月二二日受付第四四六九号をもってした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
1 第二事件原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は第二事件原告の負担とする。
第二当事者の主張
(第一事件)
一 第一事件原告らの請求原因
1 第一事件原告らは、別紙物件目録一記載の各土地(以下「第一原告土地」ともいう。)の共有者である(共有持分は右両土地ともそれぞれ原告田根敏雄が一〇〇分の八、原告田根久子が一〇〇分の二、原告田根徹、同田根叡、同上林敏子が各一〇〇分の三〇である。)。
2 第一原告土地は、現地においては別紙図面赤線で囲む部分に記載の位置(以下「本件係争土地」という。)に所在する。
3 しかるに、被告は、本件係争土地は被告が大阪法務局枚方出張所昭和六〇年五月二二日受付第四四六九号をもって所有権移転登記を経由しているところの被告所有の別紙物件目録三記載の土地(以下、「被告土地」という。)である旨主張し、第一事件原告らの所有を争う。
4 しかし、次のとおり、被告土地が本件係争土地に位置することはありえないばかりか、被告土地は第一原告土地について重複して登記されたもので存在しえない土地であるから、被告土地の表示登記は無効のものというべきであり、それ自体第一事件原告らの本件係争土地に対する所有権の妨害であるのみならず、この無効の表示登記を前提としてされた前項の所有権移転登記も無効のものである。
すなわち、
(一) 第一原告土地は、その元番である寝屋川市大字三井(その後昭和四八年の行政区画変更により「大字三井」は「成田東が丘」となる。以下、地名は省略。)八三一番一山林一町四反二八歩の土地(以下、「元番の土地」という。)から昭和三三年一月八日に分筆されたものであるところ、右分筆は、元番の土地のうち第一原告土地および第二事件原告所有の別紙物件目録二記載の土地(以下、「第二原告土地」ともいい、第一原告土地と合わせて「原告ら土地」ともいう。)の計三筆の土地合計六反四畝を実測してしたものであり、第一原告土地は、右分筆においては本件係争土地に所在するものとして処理されている。
なお、元番の土地は、昭和三三年一月八日に従前の八三一番一の土地に同番二ほかの一七筆が合筆されたものであるが、右合筆の際に作成された合筆図(検甲第一八号証)と旧字限図(甲第二四号証)の形状はほぼ合致するのであるから、前記の分筆が有効にされたことは明らかである。
(二) その後、①昭和三八年五月二日に、元番の土地から同番六山林一反六畝二六歩の土地が分筆されたとして登記用紙が編成され、同土地からさらに②その後昭和四二年一二月一二日に同番三三、三四の両土地が分筆されているが、被告土地は、右によって同番三三、三四の両土地が分筆された後の同番六の土地である。
しかし、元番の土地の登記簿には右の①の分筆の事実は記載がなく、かえってこれに先立って、逆順となる同番七の土地が分筆された旨の記載がある。また①の分筆の際作成された分筆図(検甲第一〇号証、同第一三号証)は、公図に適宜数値を記入したものであって、そこに記載の数字は現況とまったく合致しないものであるばかりか、②の分筆の際作成された分筆図(乙第一号証)をも対照すると、前記(一)の分筆の際に作成された分筆図(甲第一〇号証)と矛盾し、被告土地は原告ら土地と同じ部分に当ることが判明する。このような分筆がなされたのは、前記(一)の分筆による公図の修正がされないうちに、この分筆を無視して右①の分筆を受け付けたことによるものと考えられる。
(三) したがって、被告土地が本件係争土地内に所在するはずはなく、被告土地は原告ら土地について重複登記がなされたものにすぎない。
(四) また、昭和三三年一月八日当時に元番の土地の所有者であった川嶋さたは、第一事件原告らの前所有者である亡田根桂に本件係争土地を実測図に基づきそれぞれそのころ引渡しをし、以来現在に至るまで、亡田根桂およびその相続人である第一事件原告らは本件係争土地を占有してきている。
5 よって、第一事件原告らは被告に対して、本件係争土地が第一事件原告らの所有(共有)に属するものであることの確認を求めるほか、主位的に、被告土地の表示登記は無効な重複登記であって、原告らの所有権を妨害するものであるからその抹消登記手続をなすべきことを、予備的かつ選択的(予備的請求の1、2を選択的に請求する。)に、被告土地は原告ら土地と同義であって、原告らの所有地にほかならないから、原告らの持分割合(第一事件原告らと第二事件原告との間では、第一原告土地と第二原告土地の面積割合)に応じた別紙「持分割合」により、原告らに対し、被告土地について所有権移転登記手続をなすべきこと、もしくは、被告土地について被告が経由した所有権移転登記は無効な表示登記に基くもので無効であるからその抹消登記手続をなすべきことを、求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 第一事件原告らの請求原因1は知らない。
2 同2は争う。
3 同3は認める。
4 同4、5は争う。当時の分筆登記の実務から見て、①登記が二重の分筆であるとはいいえない。また、表示登記は、不動産登記法二七条に定める、登記義務者の意思表示に代る判決により単独で申請しうる登記に当らない。
(第二事件)
一 第二事件原告の請求原因
1 第二事件原告は、別紙物件目録二記載第二原告土地の所有者であり、被告は、登記簿上被告土地の所有者である。
2 しかしながら、被告土地の分筆経過、実態は第一事件一の4項のとおりである。
3 よって、第二事件原告も、第一事件原告らと同様、主位的には被告土地の表示登記の抹消登記手続を、予備的に、被告土地について別紙「持分割合」による所有権(持分)移転登記手続を、もしくは被告土地について被告が経由した所有権移転登記の抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 第二事件原告の請求原因1のうち登記の記載は認める。その余は知らない。
2 同2、3は争う。第一事件二の4項のとおりである。
第三証拠関係《省略》
理由
(第一事件について)
一 第一事件原告らの請求原因1(第一原告土地が同原告らの共有に属すること)は、《証拠省略》によりこれを認め得る。
二 第一事件原告らの請求原因2(第一原告土地が本件係争土地に所在すること)についてみるに、
1 《証拠省略》によれば、八三一番一山林一町四反二八歩の土地(元番の土地)は、昭和三三年一月八日、従前の八三一番一の土地に同番二ほかの一七筆の土地が合筆されたものであり、第一原告土地および第二原告土地は右同日、右合筆後の元番の土地から分筆されたものである(以下、この分筆を「本件1の分筆」という。)ところ、右分筆は、元番の土地のうち第一原告土地および第二原告土地の合計六反四畝を実測してしたものであり、第一原告土地は、右分筆においては本件係争土地に所在するものとして処理されていること、右合筆の際作成された合筆図は大阪法務局枚方出張所の備付けにかかる公図(甲第二四号証がその写し。旧土地台帳付属のいわゆる字限図と思われる。)とほぼ形状が合致すること(第一事件原告らの請求原因4(一)の事実)、
2 《証拠省略》によれば、前記1の合分筆の後、元番の土地の分筆後の残地からはさらに、昭和三八年五月二日に、①同番六、一反六畝二六歩の土地が分筆され、同土地からはさらにその後昭和四二年一二月一二日に、②同番三三、三四の両土地が分筆されたが、被告土地は、右によって同番三三、三四の両土地が分筆された後の同番六の土地であること、右の①の分筆の際に作成された分筆図(検甲第一〇号証の被写体となった図面)は、本件1の分筆の際に作成された分筆図(甲第一〇号証)と矛盾するものであること(第一事件原告らの請求原因4(二)の事実)、以上の事実を認めることができる。
ところで、右2の①の分筆の際に作成された分筆図がいかなる根拠によって作成せられたかは本件においてこれを窺うことのできる資料は全く存しないのであって、むしろ、弁論の全趣旨により原本の存在と成立を認め得る甲第二五号証(前記甲第二四号証の字限図を昭和五八年一二月二八日に地図訂正した後の字限図写し)と右甲第二四号証とを対比すれば、前記2の各分筆の際には、いまだ本件1の分筆による地図訂正がなされていなかったことが認められるから、前記2の①の分筆は本件1の分筆の存在を無視してこれをした可能性が極めて強いものといわざるを得ない。
また、前記1において認定の事情および弁論の全趣旨により現在、被告および元番の土地のもと所有者である川嶋さたの相続人である宮城荘三郎のほか本件係争土地と境界を接する第三者は本件係争土地との境界について格別の異議を述べていないことが認められるところ、右事情からすれば、元番の土地全体と第三者所有の土地との境界そのものは判然としているものと思われ、そうである以上、本件1の分筆は、当時の現実の境界に符合するものであり、現地を測量し、現実の土地を特定してなされたものと認めることができる。
してみれば、本件1の分筆は正当に行われたものと認めるのが相当であって、本件係争土地は第一原告土地であると認めることができる。
三 第一事件原告らの請求原因3(被告が本件係争土地内に被告土地が所在すると主張していること)は当事者間に争いがない。
してみれば、第一原告土地が現在において本件係争土地であること、すなわち、本件係争土地が第一事件原告らの共有に属することの確認を求める同原告らの請求は理由がある。
四 第一事件原告らは、さらに、被告に対して、被告土地の表示登記の抹消登記手続をなすべきことを求めるので、すすんでこの点について検討する。
1 まず、一般に私人が私人に対して、不動産の表示登記の抹消登記請求をすることができるかについてみるに、不動産登記法は、不動産の表示登記については登記官が職権をもってなす旨規定し(不動産登記法二五条の二)、表示登記については登記官に調査権を認め(同法五〇条)、土地又は建物の表示に関する登記申請書に掲げた土地又は建物の表示に関する事項が登記官の調査の結果と符合しないときはその申請を却下すべきものとしているのであって(同法四九条一〇号)、一方、一旦された表示登記の抹消ないし訂正を当事者の側から申請する場合の手続についてはなんらの定めを置いていない。したがって、これらの諸規定からすれば、不動産登記法は、一旦された表示登記について、当事者からの申請をまってはじめて抹消ないし訂正の手続をすることを予定しているのではないことは明らかであり、そうである以上、当事者は単に職権の発動を促す意味でその申請をなし得るにすぎないものとみるのが相当であるから、不動産登記法上は、当該表示登記にかかる不動産登記用紙に権利の登記がされている者であるか否かにかかわりなく、右の意味における職権発動を促す申請をなすことができるのであり、判決手続をもって当該表示の登記にかかる不動産登記用紙に権利の登記がされている者に対して抹消登記手続をなすべきことを訴求する利益はないということになる。
2 もっとも、同一の不動産について不動産登記法一五条の規定にもかかわらず誤って二以上の登記用紙が編成されてしまった場合(いわゆる重複登記の場合)においては、私人が自己の権利と矛盾する表示登記の抹消登記を欲するのも無理からぬものがあり、登記官の実体調査に事実上の制約があることに鑑みれば、登記官の職権発動に期待することが事実上困難なこともおおいに有り得るところである。
したがって、右の観点から、不動産登記法八八条あるいは九三条の一一等を類推適用することにより当事者に重複登記の一方の表示登記の抹消登記の申請権を認め、かつ、重複登記の存在自体が所有権の円満な行使に対する妨害であるとして他方の権利者に対する実体法上の登記請求権も認めるべきであるとする見解も有り得るところである。
3 しかしながら、右の如き見解は、建物に関する重複登記についてはともかく、こと土地に関する表示登記についてはさらに検討を要する。
(一) 土地の表示登記は、連続した自然物である土地を人為的に区画し、その区画したところを表示(公示)する手段としての意義を有するところ、新たに区画割を行う際、同一の区画について重複して表示登記がなされれば、重複登記となることは建物の場合と同様である。けれども、一旦このような区画割が表示を重複することなく完了すれば、その区画同士がのちに至って重複することは、それぞれがのちにどのように分割されようとも、有り得ず、この意味では分筆により重複登記が生ずることは有り得ない。
(二) 不動産登記法上、土地の分筆は当事者の申請により行われるものではあるけれども、登記官の分筆という登記を実行する形成的行為によって当初存在した区画がさらに分割されるものとみるべきであるから、分割により区画がどのように決定されたかは、登記官が分筆手続をした際にこれをどのようにしたかによって定まるものであり、これによって確定した各分割地の範囲と当事者の認識する範囲とが一致しなくとも原則として当該分割は有効であり、当事者の認識にしたがった分割がされたわけでもない。
特定の土地(区画)の範囲は具体的には単に登記簿の記載だけでなく不動産登記法一七条所定の地図や旧土地台帳付属地図(いわゆる公図)あるいは現地における境界木、境界石や石垣、畦畔等の境界を表象する物の存在等の種々の資料をもちいてこれを認識するのであるが、登記官のした分割がいかなる分割であったかについても、分筆後の地番、地積等の登記簿の表題部記載の事項のほか、登記申請書に添付された図面(不動産登記法八一条の二第二項参照)あるいは不動産登記法一七条の地図や旧土地台帳付属地図に分割線が記入された場合には当該分割線の位置等の種々の資料をもちいて、これを合理的に観察して、その分割された区画を認識すべきものである。
そして右によっても合理的に分割地の特定ができないときにはじめて、分筆の登記は抹消すべきものとなり、新地番の土地の表示登記を抹消したうえ、元番の土地の表示を旧に復することとなる(なお、昭和五三年三月一四日民三第一四八〇号民事局第三課長回答参照)が、この場合に表示登記が抹消されるのは登記官のした分割が不能のものであったことに由来する(不動産登記法四九条二号に該当する。)。重複登記といわれるのは右のような種々の資料を合理的に観察しても、その分割地の特定ができない場合というべきなのであって、その登記によって具体的に特定の土地に重なって分割地が存在することが表示されるものではなく(いわゆる一七条地図が整備されたのちに分割線が誤まって記入されたというような特殊な事情がある場合はなお検討の余地があるとしても)同一区画を表示する二つの登記用紙が編成されるという意味での重複登記が分筆の場合に生じることはない。
(三) なお、前記説示を前提とすれば、分筆の場合は、常に残地(すなわち、元番の土地として残る土地)が存在するわけであるから(仮に合理的に観察して、残地がない結果となるとすれば、当該分筆そのものが無効のものとなる。)、元番の土地からさらに分筆すること自体は可能なわけであって、登記官のした分筆登記処分を合理的に観察した場合に当該残地の分筆であるとみることができれば、さきにされた分筆との重複を考える必要はないわけであるし、分割の不能といった異常な事態を避けるのに如くはないから、できるだけ、これを有効な分割として取り扱うよう解釈すべきものである。
これを本件についてみると、前記認定のとおり、前記(二)2の①の分筆は、本件1の分筆の存在を無視してこれをなした可能性が極めて強いのであるが、その際に作成された分筆図(検甲第一〇号証の被写体となった図面)自体は、基点に明確性を欠くものであるから現地において復元することが困難と思料されるのであり(証人村橋忠は、本件係争土地と重複するのではないかとの意見を述べるが、その根拠は明確でない。)、そうである以上、前記説示の立場よりすれば、登記官が元番の土地の範囲外の土地を分筆したものと解するべきではなく、元番の残地を分割したものと解すべきものなのであって、本件は右に述べた分割が不能であった場合にも当らないというべきである。
4 以上のとおり、被告土地の表示登記が本件係争部分を指示したものとはいえず、重複した登記とはいえないから、これを前提として、表示登記の抹消登記手続を求める第一事件原告らの請求は理由がないし、また、予備的請求についてもいずれも理由がないといわざるを得ない。
(第二事件について)
第二事件についてみるに、前記説示の理は第二事件においても、なんら変わるところはないから、被告土地の表示登記の抹消登記手続あるいは所有権移転登記手続ないし所有権移転登記の抹消登記手続を求めるに止まる第二事件は、すべて理由がない。
(結論)
よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下司正明 裁判官 綿引穣 永渕健一)
<以下省略>